今年、ここまでで459.7km歩きました。
時間にすると、162時間35分。
5月に少し歩き始めて、本格的に増えたのは7月から。7月は約145km、8月は約105km、9月は約150km。月に50時間前後なので、1日1時間半くらい歩いています。

で、最近はっきりしてきたことがあります。
パソコンの前に15時間いても出なかった問いが、歩いていると出てくる。
今日はその話です。
最初は、ただの健康のためだった
僕はもともと、かなり長い時間パソコンの前にいるタイプです。
気づけば朝から深夜まで、コードや成果物を見続けている。ログを見ると、長い日は15時間を超えていました。
ずっと座りっぱなしなのは良くない。少し体を動かそう。
散歩を始めた理由は、そのくらいです。
実際に歩き始めると、体調も少しずつ良くなって、体重も落ちてきました。
そこで次に考えました。
「この歩いている時間を、何に使おう?」
最初はAIと話していました。歩きながら仕事の相談をして、アイデアを整理する。
でも、あるとき気づきました。
これも仕事です。
パソコンの前から離れただけで、頭の中ではずっと仕事をしている。
なので散歩の時間は、仕事をする時間ではなく、自分が作ったものを、お客さんとして味わう時間にしました。
自分の曲を聴いて、自分の漫画を読む
僕は今、「灰華 -HAIKA-」という音楽プロジェクトをやっています。
散歩中は、その曲を聴きます。
最初は数曲しかなくて、5分、10分で終わっていました。
でも曲が増えて、アルバムになってくる。1枚目のアルバムは7曲で27分。2枚目も27分。
1枚聴けば30分近く歩けるし、2枚あれば約1時間。
アルバムを最初から最後まで聴いたら、散歩が終わる。

漫画も同じです。「行政バグります!」という漫画を、1本20ページ、週2本のペースで出していて、これも読者として読みます。

読んだあと歩いていると、「このコマの表情は違うな」とか「次の話はこう転がしたい」とかが浮かんでくる。
「次の散歩までに、新しいアルバムを作りたい」
面白かったのは、ここからです。
散歩が習慣になると、
「次の散歩までに、新しい曲を作りたい」
と思うようになりました。
そのうち、
「次の散歩までに、新しいアルバムを作りたい」
になった。
でも、僕の仕事の中心は音楽でも漫画でもありません。
集中したいのはFolderOSです。

ここで、問いが一つ生まれました。
FolderOSの時間をほとんど奪わずに、音楽や漫画を作り続けるには、どうすればいい?
この問いを、歩くたびに少しずつ磨きました。
行き着いたのは、作る工程そのものをAIに任せることです。
自分は方向だけ決める。
出来上がったものを、散歩中に聴いて、読む。
違和感があったら、問いを変えて、またAIに作ってもらう。
9月30日は、漫画のコマが1日で149コマ描き上がっていました。僕が描いたわけではありません。
気づけば、音楽も漫画も、生活の中で勝手に回るようになっていました。

AIが速くなるほど、ボトルネックは「問い」になる
この経験で、ある話を思い出しました。
スティーブ・ジョブズが、Appleを離れてNeXTを経営していた頃の映像です。学生の質問に、20秒以上黙って考えてから答えた場面があります(スティーブ・ジョブズを20秒以上考えさせた学生の質問)。
その頃の彼が強く意識するようになったのは、目の前の問題を自分で解くことより、長い目でチームを作ることだった、という話でした。
リーダーがすぐに正解を教えれば、その問題は早く片づく。
でも、それではチームは強くならない。
大事なのは、「いま本当に解くべき問題は何か?」を、チーム自身が見つけられるようになること。
僕は、AIでも同じことが起きていると思っています。
今のAIは、コードも書けるし、画像も文章も音楽も作れる。漫画も描けます。
何日もかかっていた仕事が、かなり短い時間で終わる。
そうなると、タイピングを速くするとか、1日にこなすタスクを増やすとかは、だんだんボトルネックじゃなくなる。
代わりにボトルネックになるのは、
「何をやらせるのか」
です。
要するに、問いです。
問いが浅いと、AIは大量の仕事をします。そして僕は、大量の成果物を確認しないといけなくなる。
問いが深いと、無駄な仕事そのものが減ります。
「ここを解けば、ほかも全部うまくいく」
その一点が見つかれば、AIに任せられる範囲が一気に広がる。

さっきの音楽の話が、まさにそれでした。「FolderOSの時間を奪わずに作るには?」という一点を決めたら、あとは勝手に回り始めた。
で、仕事量は2.4倍になった
僕は毎日の仕事を、Gitのコミットと Claude Code の作業ログに残しています。
それをもとに、その日の成果物を「生成AIを使わない一般的な社員が作ったら何時間かかるか」に換算して、8時間で割る。
つまり、今日は何人日分の仕事をしたかです。単価表を1枚決めて、毎日同じ物差しで測っています。測り方は前の記事に書きました。
記録を付け始めたのは8月28日。
最初の1週間は、1日平均13.9人日でした。
それが最近の1週間(9月24日〜30日)は、1日平均33.3人日。
2.4倍です。
9月29日は42.0人日、30日は40.3人日。2日続けて40を超えました。

正直に言うと、散歩が習慣になったのは7月なので、記録を付け始めた時点で、もう歩いていました。なので、この2.4倍を散歩だけの手柄にはできません。AIのモデルも、この1か月でかなり変わっています。厳密な労働生産性の統計でもなく、自分の変化を見るための物差しです。
ただ、グラフを並べると、歩いた距離は7月から9月までそんなに変わっていないのに、仕事量が伸びたのは9月です。
歩くのに慣れて、散歩中に聴くもの、読むものが増えて、問いを磨くようになった。僕の感覚では、その時期と重なっています。
もう一つ、はっきりしたことがあります。
僕が手を速く動かせるようになったわけではありません。むしろ逆で、自分でやることはどんどん減っています。
9月30日の僕の指示は174件。それに対して、AI側のツール実行は3,376回でした。指示1件につき、約19回の作業がAIの側で動いている計算です。
生産性を上げるって、自分がたくさん働くことじゃない。
自分が働かなくてもいい状態を作ることなんじゃないか。最近はそう思っています。
問いを考えるには、体力がいる
ただ、問いを考えるのは、けっこう疲れます。
AIは疲れないし、何十個でも並列に作れる。こっちに必要なのは、AIより長く働くことではありません。出てきたものを見て、
「違う」
「これはいい」
「そもそも問いが違う」
と、一瞬で判断することです。
長時間だらだら集中する体力というより、短い時間でぐっと深く考える瞬発力に近い。
で、その瞬発力にも、体の体力が要る。
15時間画面を見ていた頃の僕は、画面は見ていても、思考は深くなっていなかった。目の前の細かい問題を処理していただけでした。
歩く習慣で体力がついて、時間にメリハリがついた。だから、こういうふうに考えられるようになった。
ここは体感として、間違いないです。
生産性を上げるために、歩いている
AIを使えば、人間は頭を使わなくてよくなる。前はそう思っていました。
今は逆だと思っています。AIの時代のほうが、人間の頭はむしろ要る。ただ、使い方が違う。
大量の作業をさばく頭ではなくて、解くべき問いを見つけて、何度も磨く頭です。AIの答えを一瞬で見極めるのも、こっち側の仕事。
そして、それを支える体。
生産性を上げようとして仕事時間を増やしていた僕が、今は生産性を上げるために歩いている。
たぶん、偶然ではないです。
AIがもっと速くなれば、人間がAIに勝てるのは作業量ではなくなる。残るのは、何を考えて、何を考えないか。
それを考え続けられる体力があるかどうかが、これからの生産性を決めるんだと思います。
記事に出てきた音楽は「灰華 -HAIKA-」、漫画は「行政バグります!」(毎週月・木に更新)です。


