瀬戸内海に浮かぶ、豊島(てしま)。 直島と並び「現代アートの島」として世界中から注目を集めるこの地に、私は降り立った。

当初は「美しい島のアートをいくつかのぞいてみよう」という、気軽な観光のつもりだった。しかし、電動自転車を相棒に島を文字通り「泥臭く一周」し、そのリアルなインフラや歴史、そして運営の舞台裏に触れたとき、この旅は単なる観光から「人生における生きる実感」と「経営者としての視座」をアップデートする壮大な体験へと変わっていった。
お昼ごはんを抜いてまで駆け抜けた、濃密な1日の記録と、そこから得た3つの学びをここに書き残したい。
🚲 弾丸で駆け抜けた、豊島一周のドキュメント
午前中、高松からの船で島に到着した私は、電動自転車を借りてすぐに走り出した。

最初の目的地は「豊島美術館」や、島の東端にある「心臓音のアーカイブ」。アップダウンの激しい坂道を電動自転車の機動力で一気に駆け抜ける。目の前に広がる瀬戸内の青い海と、青々とした緑のコントラストが五感を刺激する。


道中、海沿いで「TESHIMA ESPOIR PARK」のサインと海辺のレストランに出会う。テラスの先には、遮るもののない瀬戸内の海が広がっていた。



唐櫃(からと)の集落にたどり着き、島キッチンや「空の粒子」のアートに触れたとき、ふと、あるパッションが湧き上がってきた。
「お昼の時間を削ってでも、この島をぐるっと丸ごと体感することこそ、豊島の最もダイナミックな楽しみ方ではないだろうか?」
予定調和の観光ルートを捨て、私は島の南側から西側の海沿いへと、島を一周する大冒険ルートへと舵を切った。

途中、観光客が誰もいない静かな甲生(こう)地区の海岸で、波の音を聴きながら佇むアート『海を夢見る人々の場所』に出会う。そこで手に入れたのは、ガイドブックには載っていない、ありのままの豊島の静寂だった。

さらに自転車を進めると、古い集落の路地裏で「tm01:田園調布四丁目」という、芸術祭公式ではないユーモラスなパロディ看板を見つける。そんな島民の遊び心にクスッとさせられながら、ゴールの家浦(いえうら)港に帰還。

出港までの残された時間、港のレストラン「シーサイド」で渇いた喉を潤したあと、最後の目的地である「豊島横尾館」へと向かった。

💡 豊島訪問で得た、3つの深い学び
この怒涛の1日の中で、私は豊島という土地から、教科書では学べない3つの重要な視点を与えられた。
① 「水資源」に恵まれた、豊島の圧倒的な生命力
瀬戸内海の離島といえば、常に水不足に悩まされるイメージが強い。しかし、豊島はその名の通り「水が豊かな島」だった。 島の中央にそびえる檀山(だんざん)の豊かな緑。そして集落の途中で目にしたメタリックで巨大な「配水池(給水タンク)」。

観光用のお洒落なアートのすぐ裏側で、この島独自の豊かな湧き水を島民の暮らしへと行き渡らせる無骨なインフラを見たとき、私はこの島が持つ「リアルな生活の力強さ」を肌で知った。島でありながら豊かな水を湛え、みかんやオリーブ、さらには稲作まで行う豊島の土壌には、自然と共に生きる圧倒的な生命力が満ちあふれていた。
② 美術品たちが突きつける、「生きる」ということの実感
豊島で出会ったアートたちは、私に「生きる意味」を強く意識させた。
波の音の中で、世界中の人々のドクンドクンという鼓動が響き渡る「心臓音のアーカイブ」。そこにあったのは、命の儚さと、それゆえの愛おしさという「静の生と死」だった。 一方で、旅の最後に訪れた「豊島横尾館」は、血の池を思わせる真っ赤な庭園や、悪魔の絵が飾られた少しおどろおどろしい空間。そこにあったのは、生々しい人間のエネルギーと、死への恐怖を内包した「動の生と死」だった。

アプローチは全く異なる2つの美術館。しかしどちらも共通して、私に「今、自分は生きているのだ」という強烈な実感を湧き上がらせてくれた。大自然の静寂と、アートの刺激が混ざり合うことで、感性が極限まで研ぎ澄まされる感覚を味わった。
③ 経営者として感銘を受けた、企業による「地域貢献の最たる姿」
そして、一人の経営者として最も衝撃を受け、大きな視座を得たのが、この島全体を管理・運営するベネッセ(福武財団)のビジネスモデルと哲学だった。
各美術館の入館システムは完全にオンライン化され、洗練されている。そして現場でキビキビと働くスタッフは、みな驚くほど若い。全国から「アートと島のために」と情熱を持って移住してきた若者たちが、最先端のマネジメントを担っているのだ。
ベネッセはかつて「産業廃棄物の不法投棄」という負の歴史に苦しんだこの豊島に、巨額の投資をして美術館を建てた。それは単なる企業のイメージアップや、一過性のボランティアではない。
彼らがやったことは、「島という大自然を丸ごとキャンバスにし、企業理念である『Benesse(よく生きる)』を証明する、持続可能な巨大経済圏の創造」である。
美術館という「人を集める装置」だけを自社で最高品質に仕上げ、そこから生まれる飲食・宿泊・交通といった果実は、すべて島民や地元企業、自治体に還元されるようにデザインされている。だからこそ島の人々は笑顔になり、おじいちゃんやおばあちゃんが自分の島に誇りを取り戻し、企業と地域が何十年も共生できる。
これこそが、資本主義の先にある「真の社会投資」であり、「地域貢献の最たるもの」だと、深い感銘を受けた。
🚢 旅を終えて
15:10。高松行きの船がゆっくりと家浦港を離れていく。 遠ざかっていく豊島の美しい魚影と緑の山々をデッキから眺めながら、私は今までにない充実感に包まれていた。
身体は心地よい疲労感でいっぱいだが、頭の中はかつてないほどに冴え渡っている。
島の大自然から受け取った「命の力強さ」。 優れたアートから与えられた「生きる実感」。 そして、偉大な先達から学んだ「経営者としての高い視座」。
この豊島での大冒険は、これからの私の人生、そしてビジネスという航海において、進むべき方向を優しく、しかし力強く指し示してくれる羅針盤となるだろう。
ありがとう、豊島。またいつか、この風に会いに来よう。


